愛読者カードより
- 読み終わって涙が出てきました。人間は、とかく人目を気にして、欲を出して、せこせこ生きていると思います。でも、“死”に向かって人生を生きることは、この本の主人公のように、ただ無心に、自分の信念を貫き通して、自分を成長させていくことのように思います。なかなか難しいことですが、私もこんな人生を送りたいと思いました。(山口県 K・Oさん 大学生)
- こんなにもやさしさに満ちあふれた本を他に知らない。また、書物のもつ力を再認識させられた。読み終わった時の幸せな心地はどういったら良いのだろう、言葉が足りなくて伝えられないのが歯がゆい。よい訳者を得たことを感謝する。(宮城県 S・Hさん)
- この本は知人からいただいて読みました。高校生の私にとって、忘れていた“静けさ”みたいなものを感じ、目立たない努力の大切さを学びました。とてもすてきな本だと思います!!久しぶりに静かな気持ちになりました。(東京都 T・Nさん)
- 若木が心地よく風に葉を揺らす様が目に見えるようです。読んだ人、ひとりひとりのイメージの中で、1冊の絵本になるような本ですね。(神奈川県 Y・Sさん)
新聞書評より
その本を書いたのは、ジャン・ジオノという名のフランスの作家だ。フランス南東部の高地の描写から始まる。作家は一人旅に出ている。無人の丘陵地帯。荒れ果て、乾燥し、風がたえまなく吹く。日ざかりに水を求めて歩くうち、羊飼いに出会う。
ひょうたんの水を飲ませてもらい、小屋に泊まった。五十代の羊飼いは、口数が少ない。だが、一緒にいると心が落ち着いた。夜、羊飼いは袋を持ち出し、ドングリをざあっと食卓にあける。一つずつていねいに調べ、よい実をより分ける。百個そろえた。
翌朝、出かける時、羊飼いは親指ほどの太さの鉄の棒を持った。長さ一メートルほど。ある場所まで歩くと、鉄棒を地面に突き刺した。そうして作った穴にドングリを一つ入れ、土でふさぐ。つまりカシの木の種をまいているのだ。一粒ずつ、心をこめて百個。
この出来事のあと戦争が始まり、戦後、何年もたってから、作家は再び高地を訪れる。驚くべし、かつて何もなかった丘陵や谷間に、カシだけでなく、ブナも生い茂っている。しかも自然の連鎖を目のあたりにした。せせらぎが聞こえ、水のほとりには、風の運ぶ種から出た植物も…。
あまり詳しく紹介すると、この短く美しい物語のじゃまをしてしまうことになりそうだ。しかも、簡古で表現力ゆたかな文章の趣を損ねることになりかねない。『木を植えた人』(原みち子訳)を読んで、ふかぶかとした気持ちを味わった。四十年近くも前に書かれた本とは思えない。
自然や環境を扱っているが、それだけで今の人々に訴えかけるわけではあるまい。訳者がいみじくも記しているように「ほんとうに世を変えるのは、権力や富ではなく…ねばり強く、無私な行為」であることを、あらためて想起させる。それに羊飼いの生き方が私たちのと大違いだ。
質素。粗食。ぜいたくや華美の反対。規則正しく穏やかな仕事。人に知られぬところでの、力まぬ日常…。忘れているものを思い出す。
(天声人語 朝日新聞 1990年2月21日付け)